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政治評論家 森田実氏をお招きして。

対談動画パート 4 / 4

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日本は確立された伝統・道徳、常識で成り立っている(承前)

森田
これは大変なことです。というのは命がかかっていますから。私はここはですね、政治家が考えなきゃいけないんですが、自由民主党の政治家も思考停止、民主党の政治家も思考停止。ですから小泉さんのような人に頑張ってもらいたいわけですよね。

助け合いの仕組みはパブリックという概念

小泉
今のお話で私もはじめて気づいたんですけど、助け合いという仕組みは、欧米から見ると馴れ合いだと。確かにそうですね。談合だと言われるんでしょうね。助け合いの仕組みは、欧米、アングロサクソンから見ると、それは自己責任じゃないよと、そういうふうに見えるんですね。どっちが正しいのか、まあ、最終判断するのは日本人ですよね。わが国の国民が判断すればいいことであって、助け合いの仕組みをなるべく小さくしていく社会を選んだのがアメリカであるとしても、それがグローバリゼーションという形で全世界で正しいんだということが証明されてはいないだろうと思いますね。今、地方で起こっていることを乗り越えていくには、その助け合いの仕組み、つまりこれはパブリックという概念だと思うんですね。小泉前総理が官から民へ、官から民へと、5年間おっしゃっておられた。まあそれは一つの、そこだけ捉えれば一つの正しい考え方かもしれませんが、それだけを5年間述べておられた結果、国民も政治家も、官と民しかないんだと、この世の中には、権力と利益しかない。そして人間を動かす仕組みは、権力で人間を動かすか利益で動かすか、この2つしかないんだ。で、人間を動かす仕組みとしては利益で動かしたほうが効率がいい。こういうメッセージだと思うんですけれども、私は、今の先生のお話を伺ってハッと思ったんですが、助け合いたいっていう気持ちもあるわけです、人間一人一人には。自分の家族のように地域を助けたい。そういう考え方はやはりこの官でもない民でもない、権力でもないお金でもない公という全体のために自分を貢献させたいという公という精神ですね。これが日本の社会の美徳の部分を作ってきたし、藤原正彦先生が『国家の品格』という切り口で書かれましたけども、私なりの理解では、そのパブリックっていうのが武士道精神であったり、日本人の文化伝統のかなり深い部分に根差しているような気がするんですね。これからは、官から民に対してパブリックというものを政党、政治家はもう一度国民にですね、社会運動として訴えていかなくてはならない。そういう部分が与党であれ野党であれ欠落しているんじゃないのかなっていうふうに、すごく思います。地元を回っておりますと、無償のボランティアでこれだけの時間と経済負担とエネルギーをかけて、よくこんなみんなのための取り組みができますねっていうような、本当に頭の下がるようなパブリックな取り組みをされている方々が大勢いらっしゃるんですね。政治の側が恥ずかしくなるような立派な取り組みを、わが地元だけではなくて多くの方々が全国の地域社会で取組んでおられる。それを生かすようなチャンネルが政治に、コンセプトが政治に欠落してしまっていることが、よりこう、アメリカ化を進める要因になっているようにも思うんですよ。そういう意味で先生、最後にお伺いしたいのは、我々日本の日本人の心のあり方、スローライフっていう言葉が最近出てきましたが、まあまあ、ちょっと落ち着いてと、何をそんなに急ぐのよと、政治も経済もみんなが急ぎすぎて本当の心の置き所、何が大事かということを忘れている。私自身も自分の人生の中でそれを今しっかりと見据えながらやろうと思っているわけですけども、日本人の精神、ちょっと大きなテーマ、抽象的な話になりますけども、心の置き所ということに関して、先生のお考えをこの機会にお伺いできればと思います。

調和という思想が日本の根本

森田
日本の思想は調和なんです。調和すること、これがですね、日本の根本なんです。考えてみれば世界も調和なんですよ。ところが、アメリカがミスをしましたね。大きなミスを。それは自由と平等が争って自由が勝ったから、これからは平等を認めず自由だけでやっていくんだというようにしたことです。しかしソビエト連邦が崩壊したからといって、この世の中から平等思想が消えたわけじゃないんです。常に政治は自由と平等との接点を求めていくんですね。あるときは自由に偏るときもあるし、あるときは平等に偏るときもありますが、この2つの価値は一つにしちゃいけないんです。それから日本の前総理大臣の小泉純一郎さんも大きな間違いを犯したんですね。官から民へ、官から民へ、民が善であたかも官が悪のごとく、この民と官とのバランスを取ることが、いわば、政治の役割なんですよ。そこの均衡点をどのように見出していくかと。ここに政治家の独創性があるんですが、この調和を求めるという思想を、ブッシュ大統領もアメリカも捨てた。日本の前総理大臣の小泉純一郎さんも捨てた。ここに大きな混乱があるんです。つまり調和することを通じてですね、日本人は協力し合い助け合い、そしてそこに道徳が生み出され、常識が生み出され、この道徳と常識というものを2つの軸にして、日本という共同体が成り立ってきたわけです。そしてそれをカバーするのが法律だったんですよ。ですから、法律と道徳とそれから、常識。そして道徳と常識は長い間の日本人の歴史が作ってきたものです。これをきちんと置いてかないと社会は崩壊するわけです。ここに、私は最近の自由主義思想の大きな失敗があるんだと思うんですよね。

一人一人が幸せになる社会

小泉
そうですね。勝ち組、負け組みという言葉がありますが、勝ち組になった人が経済的に勝っただけじゃなくて、偉いんだよと。まあ、お金を儲けるということはそれだけ社会に貢献したからバックが来るわけです。対価がくるわけですけども、倫理的にも偉いんだよ、すばらしいことなんだよという価値が付加された勝ち組という言葉は、ちょっと日本の社会には馴染まない、日本の社会のゆがみを表していますよね。負け組みというのは、努力していないんだというように、責められるようなニュアンスを持ち始めている。そういう、思考形態を一旦我々はどこかで乗り越えていかないと。それも経済の効率化を高めるひとつのステップではあるけども、それを飲み込んで乗り越えてはじめて国が強くなるだけではない、一人一人が幸せになる国ができるように思うんです。国が強いことと一人一人が幸せになることは違っていて、それが開き始めているような現状に私は今いるような気がしております。色々もっとお時間をいただきたいんですけども、先生も今日は、朝から遠方からお帰りの日でございまして、本当に今日はありがとうございました。色々なお話の中で、また私も思いが巡る部分がございましたので、より成長し、より成熟しまして、改めて、こういう機会をちょうだいできればありがたいと思います。再度のご出演を確約していただいたところで、最後に一言、お言葉をいただいて終わりたいと思います。

指導者とは自分の信念に生きるべきである

森田
私ね、やはり人間はですね、特に指導者は自分の信念に生きるんだと思うんですよね。これが基本なんだと思うんです。みんな自分の信念を捨てて、どっちに流れていくのが有利かと、政治家も含めてですね、みんな風にそよぐ葦、聖書の一文ですよ。キリスト教がそういう生き方をしちゃ駄目だと、キリストが言った言葉です。あの、本当に風にそよぐ葦のようになってしまっているその中で、やはり、小泉龍司さんが「そうじゃないんだ、人間は考える葦なんだ」と。そして、その自分の立場を守ってですね、やっておられる。これは貴重なことでですね、是非頑張っていただきたいと。有権者の皆さんにも小泉龍司さんを支持していただきたいと思います。
小泉
どうも今日はありがとうございました。
森田
頑張ってください。
小泉
はい。ありがとうございます。(了)

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