文字サイズ: 小 中 大

他者を尊重するということ、あるいは「パブリック」の精神について

text by

深谷市議会議員 新井慎一(深谷市)

2007.05.30

 18世紀末の産業革命以後、私たち人間社会は、地球資源を食いつぶし、地球環境を破壊する方向で推移し、現在に至っています。それに加えて、利益優先の経済システムは、その欲望の止まるところを知らず、状況は悪化するばかりです。

 しかしながら、私たちの遠い先祖の暮らしぶりをふり返る時、そこには、違った光景が展開されているのを見ることができます。例えば、江戸時代の人々の暮らしぶりはどうかといえば、ある人々の一生は、ひたすら森を育て、田畑を耕すことに費やされました。そこでの労働は、地球環境を保全し、美化することと一体であり、美しい森や手入れの行き届いた田畑の光景は、目に見える成果として、働く喜びと価値の源泉であったことと思われます。子孫のためにこそ美田は残された、と言えます。それらの人々にとって、過去から未来へという時間の連鎖の中、現在の持つ意味もまた、ひときわ輝いていたものと思います。

 今後の人間社会は、地球環境を保全し、美化する方向で、産業構造そのものを大きく転換させていくことが必要です。税制や公的助成のあり方も、そうした方向性に沿って見直されるべきだと思います。

 民主主義の基本が「他人を尊重する」ことにあるとすれば、地球環境という大いなる他者を尊重することこそ、ほんとうの意味で、人間らしい生き方、人間らしい社会といえるのではないでしょうか。

 小泉龍司先生の言われる「パブリック」という考え方も、また同じことを指し示しているものと思います。皆で支え合うためには、まず、他者を尊重するという精神の姿勢がなくては適いません。例えば、個人所有の家屋でも、それが「まちなみ」の一部を形作っている以上、公共性を帯びたものとして、高さの制限を受けたりすることがありますが、これは紛れもなく「パブリック」という考え方に基づくものでありましょう。「パブリック」という考え方の基本にある、こうした他者を尊重するという精神、すなわち民主主義の基本に常に立ち返り、より良いまちづくり、より良い国づくりを、目指していきたいものと思います。