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バーチャル(仮想)な感覚の子供たち

text by

深谷市 篠原

2008.04.08

 高齢化社会が進行する現在、少子化問題もあいまって、教育環境の悪循環が私たちの生活を取巻きつつあると思います。

 最近一部の若年層が、急に変貌して異様な行動をとるケースがしはしば見られるようになりました。マスコミが取り上げる記事の中で、特に人命にかかわってしまう重大事件がそのひとつです。

 今、様々な遊びの中で、子供たちは特にゲームに強い執着心をもっています。ゲームの中には非現実的内容が含まれており、それをクリアーすることにより、自己主張でき、また自分が確認できる、という感覚がそこにはあると思います。やってはいけないことを、フィクションの中で実行できれば、楽しい人は沢山存在すると思いますが、一方で現実とフィクションの区別ができなくなっている人も少なくありません。こうした状況の中で、バーチャルな感覚の子供たちが確実に増えてきています。

 そして、バーチャルな子供たちは、現実に起こりうる物事に即して、道理を通した行動を取ることができなくなっています。

 また、現在の働き盛り世代は、共働きが多く、子供たちと接する時間が少なく、家庭の中で一緒に痛みや、ありがたさや、うれしさを共感できる瞬間が持てないことも、大きく影響していると思います。共働きでそこまで働いても、それが賃金には反映されず、従って経済的な余裕が生まれるわけでもないため、これがまた少子化を促進させる原因にもなっています。家庭において父親、母親も、子供たちと一緒になって現実的に物を作ったり、壊したりする経験を繰り返すことにより、子供たちの「とっさの時」の判断力を鍛え、養うことが大切なのだと思います。

 確かに、現在の教育システムの下では、「ゆとりの時間」が設けられていますが、実際には、一部の父兄しか子供たちの休みに合わせて休暇をとることができません。一般サラリーマン家庭にとって、「ゆとりの時間」は、子供たちが野放しになる時間になってしまいます。子供たちが野放しになれば、自立してやっていける場合はよいのですが、何をやればよいのか、わからない子供たちの場合は、せっかく固有の潜在能力を持っているにもかかわらず、人生の道筋から外れていってしまう場合もあります。そして、「社会の制約の中に、人間の自由がある」ということを認識できないままに成長していくことにもなります。

 以上のように、遊び道具や手段があふれ、物は買えば済む昨今においては、自己満足のためのバーチャル的な遊び(ゲームなど)が中心となり、現実的な実感や体感が得られる、物づくりや自然環境の中でしか積めない経験が不足し、『頭は良いけど利口でない』人になっていきます。

 やがて、その子供たちが親となり、そのまた子供たちが親となるという現実があり、世代を超えた悪循環が生まれます。こうした子供たちを巡る悪循環をなんとしても断ち切る政策こそが、今一番求められていることだと思います。

 また(大人の世界においても)、現在は、大手企業が生き残り、中小企業は廃業を余儀なくされる時代となりましたが、「精度の高い一本のネジ」こそが、バーチャルではない、リアル(現実)の世界の物づくりの基礎です。このネジが創れる日本人独特の能力を生かした物づくりの企業も、生き残れる環境となるよう期待し、政治の努力を促したいところです。